机に向かって、…ぼーっとしてた。
天板に両肘を突いて頬杖。視線は何を見るでもなく適当な場所にさまよわせる。
…本当はやらなきゃいけないことはあるんだ。例えば下敷きにしてしまっている課題とか。
でも…なんとなく“飽きた”っていうか。小休止みたいな、そんな感じ。
早い話が集中力がきれちゃったみたい。…苦手な教科だとやる気もなくなっちゃう、よね。
…そぞろに部屋の中の音をぼんやりと拾い上げる。
まず耳につくのは自分の呼吸音。それから…
カリカリカリカリ―――
自分のであるばずがない、シャーペンの走る音。
音がする方へ顔を向ける。その際に背もたれがギィッという音を立てたけど、…相変わらずカリカリという音は止む気配はなかった。
…金糸。
正座した足の裏に少し掛かる長い髪。
黒色リボンは地上ギリギリのところで踏ん張ってるように見える。
伸びたなぁ…って思う。
初めて逢った頃から綺麗な輝きを誇っていた彼女の髪。それからそこそこ長い年月を一緒に過ごすようになって、…髪型もお互い変わって、そんな変化を間近で見合って来たのはそうなんだけど、
…髪が伸びるとか伸びないとか、実際は全くと言って良いほど気になるものではないみたい。
例えば久方振りに会う親戚の人とかに「髪伸びたねぇ…」って言われるのは分かるけど、ほとんど毎日顔を合わせる人に「伸びたね」って言われることは少ないと思う。
けれど、全く言われない訳じゃない。
思い出したように、ぽつりと。
毎日一緒に居るのに、些末な変化は忘れた頃に過ぎる記憶みたいに
「伸びたよね」
声に出せば、その変化は極々当たり前にストンと胸に降りてくる。
1日0.03mmの変化なんて、そうでもしない限り見落としやすいほどの些細なものだから。
「…何が?」
シャーペンの音がやんで、代わりにふわりとかそんな音が聞こえそうな空気を纏って彼女が振り返った。
紅に疑問の色を滲ませて、かくりと小首を傾げる昔と何一つ変わらない癖を見せてくれる。
…変わらないものと、変わったものと。
同じ人物を取り巻く二つの要素に、自然と口元が綻んだ。
「…髪。伸びたよねって」
微笑みに言葉を乗せて届けたら、瞳をぱちりと瞬かせて数瞬、あぁ…と声を漏らして、自身の髪の束ねられた先端を手に取った。
「…そういえば、そうかも」
今度は、クスッと小さく笑った。
0.03mmは、本人でさえも気にも留めない些細な変化。
たまたま彼女がそんなことに頓着しないだけなのかもしれない。
…でも
「気付いちゃった」
―――本人でさえ気付かないことに気付いたってこと
そんな極々微細な事実が、堪らなく…
「…すごくないかな?」
冗談めかして言ってみせた本音は、…そんなことにだって幸せを感じられてしまう自分がなんとなく…誇らしいと思うっていうことなんだ。
この想いが…どれだけ伝わるのかは分からないけれど。
「……触って良い?」
再度瞬いた紅が、「宿題は?」って聞いてくるから
「後でちゃんとやる」って答えて、手招いて、…艶やかなその髪に五指を通した。
―――例えば伸びる0.03mm分だけ、毎日毎日、或いはこんな風に変化に気付く度に
愛おしさが…募っていくんだとしたら
…その愛おしさの感触は、きっと。
「…フェイトちゃん、私ね」
【今、幸せに触れてるよ。】
だからもう少し…このままで。
ふわふわするようなこの感触に、募る幸せを重ねさせて。
…柔らかくて、綺麗な髪に。
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長髪を愛でたい霜条です(笑)
人の髪は毎日0.03mmずつ伸びてるらしいので使ってみました。
後半の組み立て方に小一時間悩みましたがこれはこれでアリですかね;
…長髪を、愛でたいんです(ぁw
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